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このページは、”美瑛の丘”が直面している問題を皆さんに知っていただければ、との思いで作成致しました。よろしければ、ご意見をお聞かせ願えれば幸いです。
1.産業廃棄物処理施設建設問題
2.農業景観を維持する為の最善策=農業行政の転換

3.これら上記の問題を模索する中で下記“美瑛の丘を守る”という提言を出すに至りました。

<提案>
A.「美瑛農業会社(法人)」の設立
B.「美瑛景観基金」の設立
C.「ゴミ条例」の制定
D.デッカ局跡地利用問題
E.交流促進施設宿泊部分について


私は、美瑛の丘に魅せられて、1995年に北海道に移住してきた。某航空会社を辞め、長年住みなれた東京近郊から離れ、単身赴任までしてやってくるほど、美瑛には私をひきつけるものがあった。
100年余かけて農家の人々が作り上げてきた丘の風景。その丘から、真近に眺む大雪山系の美しい山並み。仕事がら世界と日本を見てまわってきたが、丘と山がこんなに美しく組み合わさっているのは「美瑛」だけである。 まさに「世界遺産」に匹敵する風景だ。
ところがこの風景は今、危機に瀕している。農業の営みが無くなると、今までの様なパッチワークの丘は無くなってしまう。つまり、この景観が無くなることを意味する。「世界遺産」に匹敵するこの偉大な景観が無くなってしまうのはあまりにもったいない。 そこでその原因を追求し、この景観を守るためには何をすべきかを考え、紙面を使って5つの問題点と対策・提案を述べてみたい。

A.「美瑛農業会社(法人)」の設立

危機に瀕している原因の一つに、国の縦割り行政の失敗がある。
バブルの頃、農林省、建設省等は、地方行政や、美瑛を含めた北海道の農家に対し、アメリカ、カナダ、オーストラリア の様な豊な農業を、大規模農法により営むことができるとし、その開発に国も金を出すので、農家も金を出すよう推奨してきた。ところが一方、通産省や外務省等は外圧を受け、農作物輸入の関税撤廃の方向に進んだ。その結果として輸入農作物が大幅に安くなり、道産の農作物の値段も下がることになった。それと同時に安全性や食料自給率の低下など大きな問題を発生させることになったが、ここでは農作物価格の低下のみに触れることにする。この「農作物価格の低下」と、環境問題から生じているであろう世界的な「天候異変」が、農業を取りまく環境を厳しいものにしている。 こういう状況の中で高齢化が進み、美瑛の農家が後継者不足となるのは当然であろう。農家の人が、農業を営むことにより創られている丘の上のパッチワークの風景は、農業人口の減少と共に姿を消していくことになる。
そこでこれを防ぐために「美瑛農業会社(法人)」の設立を提唱する。2002年度から始まる道の新規就農支援策をうまく利用していきたい。出資者は、農家(51%以上)、美瑛JA、農業に関わる機械、肥料や食品バイオの会社、そして美瑛の景観を守りたいと思う全国の美瑛ファンである。高齢になり後継者の居ない農家の方は、農業会社に土地を預け、自ら農業指導員として関わるのである。では、労働力をどうするかということになる。航空会社に入った時から夢見ていた「理想の宿づくり」を美瑛で実現させてもらった訳だが、ユースホステルを含む当館は、沢山の若者が都会から泊まりに来る。彼等と話をする内に、バブルの頃までの様に都会で金儲けをして派手な生活をするよりも、土に親しむ自然豊な生活をしたいと考える若者が非常に増えていることがわかってきた。実際に、沢山の若者を美瑛の知り合いの農家に研修生としてお願いしてきた。今、美瑛には雪の無い時のみ農家で手伝いをしている者や、すでに小さな離農農家の空家を借りて一年中住みついている者が沢山いる。彼等は農業をやりたくて美瑛に来ているが、実績が無いなどの理由で、農地の購入をすることができない。そこでやむなく農業や建設の手伝いをやっているのである。「美瑛農業会社」は、彼等の様にやる気のある若い労働者を社員として受け入れる。そして何年か後に、彼等に土地を譲るか貸すかして、新しい農業従事者を誕生させるのである。これにより農業人口の減少を少しでもくいとめることができるのではないかと思う。もちろんそれだけではなく、従来の小麦、ビート、豆、芋等の畑作だけに頼らず、あらたにメロンや花卉等などハウスを使った高付価値農作物をも手掛ける必要がある。そうすることにより、農家の方々はより農業が営み易くなり、その結果としてこの景観を維持する事ができるのではないかと考える。

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B.「美瑛景観基金」の設立

第ニの問題点は、美瑛があまりにも有名になり過ぎたことによる、土地を求める人の急増と乱開発だ。
もともと、美瑛の風景は、人の営みのある風景である以上、建物を建ててはいけない、というものではない。しかし、緑が人の心を癒すものである以上、当然ながら住宅建設等、開発には限度が必要であり、許容範囲に入ったとしても風景に溶け込ませる必要がある。私自身公募によりニ期勤めた町景観審議委員会で現在作成中の「美瑛町景観条例(仮称)」には、その主旨が盛り込まれている。しかしそこでは、個人の私有財産の売買制限にまで言及することは不可能である。農家を取りまく環境が厳しい中、農家の人達が畑、林や雑地等を売ることは、当然ながら否めない。
よく、観光客、特に美瑛を何度も訪れる人が不満げに、「美瑛の景観はどんどん家が建ったりして、壊れていく」と言う。その時、私は「農家の人に土地を売るな、とは言えない。農家の人が土地を手放す時そこがもしも景観の良い所ならば、本来、国や道、町が買い支えればいい訳だ。が、予算の無い行政にだけそれを任せておくことはできない。ならば、美瑛に来て心が癒され、この景観をいつまでも保ちたいと思っている我々や、全国の美瑛ファンが、買い支えるより他は無いのですよ」と言うことにしている。美瑛の景観は、これをいつまでも存続させたいと思っている人達が守るより他はないのである。そこで「美瑛景観基金」の設立を私は提案する。町役場と連絡を取りつつ、協力し合う民間主体の組織を作る必要があると考える。関連して、よく会議などで、観光客から観光税を取れば良い、と言う言葉を聞く。しかし私はそれについては反対である。何故ならここ4年、観光入り込み数が減り続けているのに、更に拍車を掛けることになるからである。かわりに、我々のような観光関係の人間が、何らかの形で、「美瑛景観基金」に資金を入れてもいいのではないかと思っている。

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C.「ゴミ条例」の制定

第三番目の危機としてゴミの問題がある。観光客が捨てていくゴミ、あちこち目立たないところに捨てられている車等ゴミの山。中でも一番大きな問題は「産業廃棄物や一般廃棄物」である。
一旦、安全基準を超えるダイオキシンが検出されてしまうとその汚染による直接的被害に留まらず、風評被害により美瑛の農作物全てが売れなくなる。その結果としてただでも進んでいる離農が増えることになる。数年前に道外の産廃業者が美瑛にある離農家の土地を取得し、既に会社を設立、準備を進めている。その土地の下には、美味しい美瑛産の米を作っている沢山の田んぼがある。そこは飲料水も含め、地下水を使っているとのことである。又、美瑛の丘で最も美しいところの一つとされる五稜地区で、「産廃処理施設」の話が持ち上がり、既に青写真もでき上がっていた。内容を調べてみると極めてずさんなものである事がわかり、我々有志で「美瑛の丘の産業廃棄物処理施設を考える会」を設立することにした。
「考える会」設立総会の前日、新聞でその記事を見た当事者より当会に対し、地元住民の賛同を得られないまま操業をすることはできないので計画を断念する旨通知があった。五稜の問題は片付いたが、前述の道外業者だけではなく、地元も含め、「産廃」「一廃(一般廃棄物)」の問題は依然として残っている。 私は美瑛のゴミは「産廃」「一廃」共、町内で処理すべきと考えている。唯、いずれも我々が立ち合い、見学や監視に入るのを許す施設でなければならない。従って、民間業者に任せ切るのではなく、美瑛町が何らかの形で絡む施設を創る必要がある。我々「考える会」は、毎月例会を持ち、情報交換を続け、何かあった時に即対応ができる体制でいる。メンバーは、町内だけではなく旭川、上富良野の人もいる。しかし、ゴミ問題は、我々の様な市民運動だけでは解決できるものではない。早急に「ゴミ条例」の整備が必要であり、既にそのような話も出始めている様だが、改めてここに「ゴミ条例」の早急な制定を提案する。

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D.デッカ局跡地利用問題

第四は、美瑛の丘の最も風光明媚なところの一つ海上保安庁「デッカ局」の跡地問題である。
人工衛星を使ったGPSの発達により、デッカ局は不要となり、2001年3月6日に撤廃された。4万5千坪ある跡地を、何に使うかが大きな問題となっている。
先日、機会があって敷地内に入れていただいて驚いた。唯の空き地と思っていたところには、雑木林に囲まれた小さな池がひっそりと静けさを漂わせており、小鳥の鳴き声が嬉しかった。何よりもホッとさせてくれたのは、敷地内一面に広がる茅野原である。屋根をふくのに使われたこの風情ある茅の群生地は、美瑛ではもう貴重なものになっている。茅のあちらこちらに小さな林があったりして散策すると心が晴れてくる。跡地利用の案がいろいろ出ているが、私は、このまま何もせず、自然のままにしておくのが一番と考える。この素晴らしい、新しく生まれ変わった自然をそのままにしておき、美瑛町民や多くの美瑛を訪れる観光客の心のオアシスとするのが、最善の策と考える。箱物はおろか、公園といえども下手に人の手を加えることは、美瑛の丘にはそぐわない。 手を加えるとしても、人々が心を癒すために散策するのに必要な、最小限度の遊歩道をつくるのに留めるべきである。その幅も車イスが安全に通れる位で十分である。美瑛の景観を少しでも永く守っていくためには、この跡地問題の対処の仕方を絶対に間違えてはならない。

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E.交流促進施設宿泊部分について

そして、最後に交流促進施設宿泊部分についての提案である。
今年度に入って突然出てきた上記施設、正式には、新山村振興等農林漁業特別対策事業としての『交流促進施設』、その概要は、以下の通りである。役場からもらったH15.3.5付資料によると、予算獲得のために国に提出した施設の概要は、基本方針として、本町において、豊かな自然環境をはじめとする地域特性を生かした都市としての交流促進の一層の展開が必要であるとしている。そのために、交流、体験の受入窓口となる組織の新たな設置と、交流促進施設の整備により、本町独自の受け入れ体制を構築し、農業、観光、商業をはじめ、地場産業の活性化を促進する事とある。
当該予算として、3億5千万円(国費1/2、町起債1/2)の承認がおりているとのこと。事業実施主体美瑛町。管理運営主体、第三セクター(設立予定)。出資予定者 美瑛町、JA、森林組など(商工会、観光協会、JR北海道)。予算獲得のためにとりあえず出した数字は、延べ床面積、約1861u(建築面積1124u)、2階建。客室821u。体験室135u、研修室126u。廊下外406u宿泊施設として26室(ツイン、トリプル)、定員56名。予算上、収入計68,194(千円)のうち宿泊料55,440(千円)、朝食8,871(千円)と大半を宿泊関係にあてている。年間宿泊者数11,088人。これは利用日数を360日として毎日30.8人、365日計算年間稼働率で54%強の計算。
H15年5月12日、 本年度第1回町作り委員会で町長より概要説明あり。その後、町長に規模を質問。30人〜50人との回答。逆に町長より、この件に関して、「きたんなき意見を聞かせて欲しい。」との質問があったので、下記の通りに答えた。 1. 美瑛の観光客は7月、8月がTOPで6月、9月がショルダーということで他の8ヶ月間はほとんど居ないという状況の中でBB(朝食付宿泊)方式であれ素泊まりのみであれ、その交流促進施設の経営そのものが難しいと思われる。規模こそ異なるが、このままではエイペックスやテルメの二の舞になることが目にみえている。オフシーズン8ヶ月間の従業員の経費が心配だ。 2. すでに美瑛の入り込み数が下降気味もしくは伸び悩みの現在、少なからず、既存、民営宿泊施設に影響を与える。特に街なかで営業する宿泊施設に対する影響は大きい。どうしても宿泊施設をつくらなければならないのなら、最小限度におさえるべきだ。
上記1.で述べたように極めて季節性の強い美瑛の観光は、ホテルなど大規模経営にむいていないのが実態である。たとえオフシーズン8ヶ月を閉めたとしても、オンシーズン4ヶ月のみに来てくれる正規従業員はいない。アルバイトのみでは、夕食を出さないにしても、予約、フロントの業務はこなせない。町の中心部にビジネスホテルを作る事により、街なかの活性化につながるという考え方も有るが、ヤマサホテルがなくなった後、街なかにできた2、3軒の宿屋がビジネスホテル的機能を果たしている。また、美瑛駅まで30分の旭川駅周辺には、最近5000円前後で泊まれるビジネスホテルが沢山作られている。たとえ美瑛でのビジネスであっても数多くの飲食店がある旭川駅周辺の方が便利と考える人も多い。また、観光客は、宿屋で夕食をゆっくりとくつろぎながら食べるのが楽しみであり、一旦チェックインしたあと、外に出て食事をとる人は少ない。
上記から、概要で示されたBB方式、素泊まり宿泊施設での、利用日数360日、毎日30.8人、365日計算の年間稼働率54.6%強というのは、季節要素の極めて強い美瑛の観光及びビジネスでは、大変に難しい数字ということになる。そこで、提案だが、交流施設の宿泊部分に関しては、できるかぎり規模を小さくし、そのかわりにユニバーサルデザインにして健常者だけでなく、障がい者と介護者が満足できるような設備を整えた宿泊施設を作り、「さすが、人の心を癒してくれる『丘のまち美瑛』だ」と、全国の人々から注目を集めるようなものにするというのは、どうだろうか。美瑛のためにもなるし、交流施設としての意味も深まると思う。
この事業の1億7千5百万円は町起債(内、過疎債が70%のため、町の持ち出しは5250万円)であり、運営費などは町税で支払われることになるのでそれを生かした施設を作って欲しい。いずれにしろ、最初に記載した予約概算の数値、内容は予算獲得のためにとりあえず作ったものであり、ただでも逼迫している町予算の中でこれ以上借金を増やさないよう我々町民が今後、早急に中身の検討をする必要がある。「交流促進施設」は本年度予算であり、遅くとも設計は1月中に終了していることを考えれば、10月中には最終提案を決める事になると思われる。『丘のまち美瑛』の観光そのものが、年間を通じて利益の上がるものであるならば、とっくに大手の観光業者が駅周辺にホテルを建てている。1日も早い時期に、町民や宿泊関係者に説明会を催し、意見を吸収する機会を設けて欲しい。

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1.産業廃棄物処理施設建設問題
「丘のまち美瑛の産業廃棄物処理施設を考える会」について

平成10年12月、美瑛町の風光明媚な五稜地域に産業廃棄物の処理施設を作るという話が持ち上がりました。年が明けて早々、関心を持った10名程と、当時北広島市議をやっておられた北海道ゴミ問題ネットワーク事務局長が集まり、毎日のように準備を進め、平成10年2月14日に町民センターで上記「考える会」の設立総会をひらきました。その過程で、それ以前より他地域で他県の産廃業者が土地を購入し、既に会社まで作って産業処理施設の建設の準備をすすめている事が発覚しました。五稜の計画は、設立総会のニュースが流れた時点で、同意が得られないということで中止になりましたが、それ以降は、他県業者の動向を見ています。この業者も「考える会」が存続していることにより、今のところ動きがとれないようで小康状態が続いています。2年間の活動の主なものを拾うと
1.一昨年の町長、町議選挙で各候補に町の産廃問題についての質問状を出すことにより、町長、町議、町民の産廃問題に対する意識を高揚させた。
2.専門家を呼び二度の講演会を催し、我々だけでなく広く町民に勉強してもらった。
3.地元の業者の不法操業を中止させた。
4.鷹栖町の決起集会に行き応援講演を行なったり、遂に町民一丸となって勝った鷹栖町のリーダーに来てもらって話をしてもらった。
5.白樺センター及びその終末処理場を見学。さらにダイオキシンの法定検査に立ち会う。
6.日本全国の美瑛ファンの旅行客に呼びかけ、賛助会員になってもらい資金的援助や切手の寄付をしてもらう。
7.上富良野町住民課に対し、美瑛町に近い草分地区にある北海道放射線管理センター上富良野中間処理施設や廃棄コンクリート埋立地などについての実態調査を行う。
8.新聞を5回発行、全国の会員、賛助会員に配布し情況報告をする、などなど・・・。
会員数も100名を越えましたが、実動メンバーは10名位。毎月ある例会には、無理せずにこれる人が来て情報の交換をするということで、毎回3人〜5、6人。細々ではあるが 考える会」を続けてきたことが、以前より営業をやっている地元産廃業者や計画中の他県の大手業者に対する牽制になってきたと思います。今後も設立趣意書にあるように、産業廃棄物処理施設と私たちが毎日の暮らしの中から出す生活ゴミやリサイクルの問題を取り上げ、21世紀に生きる子供達に美しくたくましい美瑛町を残すため、将来の街づくりの一貫として真剣に考えていきたく思います。普段は、無理せずきばらず自然体でいき、何か事が起きた時に力を結集できるよう、この会を維持していくことが必要と考えております。

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2.農業景観を維持する為の最善策=農業行政の転換

〜この難題に対し我々ができることは?〜

北海道を代表する美瑛の丘は、農家の人々が血と汗を流して作ってきたもので、これは都会の人が心を癒すことのできる、ホッとすることのできる景色です。もちろん背景に大雪の美しい山々がせまっていることも大事な要素ですが、何と言っても人間が作った畑の風景だから"人のぬくもり"を感じさせるものになっています。この農業景観を維持していく為の障害としていろんな問題があるわけですが、一番大きな問題は高齢化や採算性による"農業人口の減少"です。これを食い止めるには農業の法人化などいくつかの対策が考えられるわけですが、私が考える根本的な問題は"国の縦割り行政の失敗"と考えます。バブルの頃、農林省、旧建設省等は美瑛を代表とする北海道の農家に対して大規模農法を薦め、"国も金を出すから農家も借金して下さい"ということで農家は何千万円という借金を抱えることになりました。ところが、一方、外務省や旧通産省等は外国からの圧力を受けてウルグアイラウンドに見られるように農作物輸入の関税を撤廃し、アメリカ、オーストラリアなどからの穀類、そして最近では(ハウス)野菜を中国や韓国から大量に安く輸入するという事態にまでなっています。大借金をして頑張ってきた農家は農産物価格の低迷による借金の増大で、高齢による離農だけではなく、子供達を後継者にすることなく離農していかざるを得ない農家が増えています。
私は、この食糧自給率の低下と遺伝子組替えやポストハーベストなどに見られる薬品などの危険性を考えた時、国の農業政策を今すぐにでも見直す必要があると考えます。そうすることにより、美瑛で代表される北海道の農業が守られ、美瑛で代表される北海道の景観が守られる第一歩になると思います。もちろん、農家の方の姿勢も、補助金に頼ることなく採算性のある高品質の安全な農業経営への脱皮が必要なことは言うまでもありませんが、根本的には国の農政の転換が必要です。この問題はあまりにも大きな問題で、我々だけではどうすることもできません。でも、そうかと言ってこのまま諦めるわけにはいきません。何かいい解決策、あるいはアイディア、方向性、我々のできること等を模索中です。

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今、私の頭の中は、いかにしてこの景観を守っていくか、でいっぱいである。
上に述べたことは私の「想い」であり、私一人では当然何もできない。そこでこの文を読んでくださった方に少しでも多く理解して頂き、今後、具体的な方法、内容を一緒に検討するなど、協力していって下さることをお願いしつつペンを置くことにする。

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